プロフィール
- 宮崎県えびの市:宮崎県道30号 えびの高原小田線
- 標高:1185 m
- 登坂距離:11.7 km
- 標高差:867 m
- 平均勾配:7.4%
- Stravaセグメント
- 私のStravaアクティビティ
九州という島は、北から南へと走るにつれ、少しずつ文化が変わっていく。その緩やかな変化のグラデーションが私は好きだ。まるで大陸の国境を越えるような感覚がある。
たとえば酒。福岡・佐賀の日本酒が、大分では麦焼酎に、熊本では米焼酎に、宮崎や鹿児島では芋焼酎に姿を変える。鹿児島では、芋焼酎をお湯で割るのが一般的になる。
ラーメンもまた然り。博多の極細で低加水の麺は、熊本ではやや太くもちっとし、ニンニクのパンチが効く。さらに南下すれば、宮崎や鹿児島では再びあっさりとした豚骨スープが現れるが、麺は熊本に近いように思える。
こうして九州を縦断すると、文化の変わり目に立ちふさがるように山々が現れる。脊振山地、九重連山、阿蘇。大小、上げればキリがないが、最後が霧島連山である。
人吉から加久藤トンネルを抜けた先に突如として目の前に現れる、深い谷を隔てて屏風のように連なる霧島連山は、まさに九州を象徴する景観。息を呑むようなスケールと美しさに圧倒される。

この霧島連山を標高約1200 mで越える舗装路の最高地点が「えびの高原」である。
えびの高原へのルートは大きく3つ。鹿児島県霧島市側からのルートと、宮崎県側からはえびの市・小林市の2ルートがある。しかし小林ルートは活火山の影響により10年くらい自転車通行が禁止されており、実質的な選択肢は2つに絞られる。

私が推したいのは、えびの市から登る宮崎県側ルートだ。宮崎側は交通量も少なく、信号もなく、とにかくヒルクライムに集中できる。勾配も平均7%以上と厳しく、緩む区間はほとんどない。観光地の喧騒とは無縁の静かな山道で、ヒルクライムの没入感を味わう。突如として、えびの高原の観光拠点へと辿り着く。
一方で、鹿児島側は温泉地が点在し、火山ガスが立ち込める霧島温泉郷を抜けるルート。車や信号がやや多いが、観光色が強いことが特徴で、色合いが異なるクライミングを楽しめる。
霧島連山を境とする、宮崎県と鹿児島県。宮崎県側の主役は間違いなく霧島の峰々であるが、鹿児島側では錦江湾に異常なほどの存在感を放つ桜島がある。
やはり霧島連山は宮崎の山、というのが私の意見である。クライミングコースの「走りやすさ」を考えると、よりそう思うのである。
霧島連山の最高峰は標高1700 mの韓国岳(からくにだけ)。神が天から地上に舞い降りたという神話「天孫降臨」の舞台、高千穂峰(1574 m)や、噴煙を上げ続ける硫黄山(1317 m)など、霧島は多くの山々で構成されている。神話の舞台となるほど、古代より特別な存在だったこの地は、日本で最初に国立公園に指定された地域でもある。

韓国岳の裾野に広がるえびの高原は、今も火山ガスが噴出しており、過酷な環境ゆえに多くの植物が育たず、古くから一帯はススキ野原だった。このススキが火山ガスの影響で「えび色」に変色したことから、「えびの高原」と名づけられたとされる。今ではあまり使われない「えび色」とは、紫がかった暗い赤色で、ワインのような深みのある色のことである。
10世紀中頃には、霧島神宮の古宮を再興した性空上人が修行に訪れ、江戸時代以降は硫黄の採掘地となった。そして1950年代、観光開発が進んだことで、私たちは自転車でこの高原を登れるようになった。
1953年に宮崎県飯野町からの県道が開通し、1957年〜58年には北霧島有料道路(県道1号)が整備され、アクセスが大幅に改善した。現在では美しく整備された舗装路が山を貫いている。
私がえびの高原のヒルクライムに挑んだのは、2024年の晩秋。朝晩の冷え込みはあったものの、温暖化の影響か日中は暖かく、標高1200 mへの登坂も苦にならない天気の良い一日だった。
登坂はえびの市街の池島川に架かる橋から始まり、標高差は900 mを超える。最後の信号からでも840 mの標高差があり、それをわずか12 kmたらずで登るという本格的なヒルクライムである。
登り始めるとすぐに山の懐に入りこみ、存在感を放っていた霧島山の頂は視界から消える。黙々と樹林帯を進むことになる。直登が多く、視覚的には勾配を感じにくいが、脚には確かな負荷を感じる。クライミングに集中できる絶好の環境だ。

ルートの前半は特に勾配が厳しく、後半に向かってやや緩やかになるが、気は抜けない。終盤には、ハイライトというべき急勾配の九十九折が待ち受ける。クライマックスにふさわしい蛇のようなワインディングを超えれば、最後の1kmで一気に勾配が緩み、フィニッシュとなる。

えびの高原は、ビジターセンターやレストランが立ち並ぶ、観光拠点である。紅葉のシーズンとあってか、平日にもかかわらず、大きな駐車場はほとんど満車だった。
当然、小林側へと下る県道1号の入口には警備員が立ち、通行を厳しく管理していた。その先に広がる硫黄が立ち込める光景。通行禁止も納得できる異様な雰囲気を放っているからこそ、「いつかは走ってみたい」と強く惹かれてしまう。
いつかその時が来たら、この記事も書き換えることになるかもしれない。まだ見ぬ未踏のルートこそ、最良のルートかもしれない。そんな想像を巡らせながら、私は鹿児島方面へのダウンヒルに入った。
参考文献
コメント