プロフィール
- 青森県十和田市 国道103号線
- 標高:1,029 m(国土地理院の電子国土WEB参照・峠の看板の表示では1,040 m)
- 登坂距離:16.2 km
- 標高差:821 m
- 平均勾配:5.1%
- Stravaセグメント
- 私のStravaアクティビティ
- YouTube
十和田・奥入瀬・八甲田。
「とわだ、おいらせ、はっこうだ」
声に出してみると、三つの地名が水の流れのように連なり、耳の奥に心地よく残る。十和田湖の深い青、奥入瀬の静かにせせらぐ渓流。そして、ゆったりと横たわる八甲田山。

八甲田山は、青森県のほぼ中央にある大きな山塊である。本州らしい森の雰囲気をまといながら、そのゆったりとした地形の雄大さはどこか北海道的でもあり、ここが本州の北端であることを思い出させる。
「八甲田山」という単独峰は存在しない。標高1,584mの大岳を主峰に、18の山々が連なる複数火山の総称である。名前の起源は諸説あるが、江戸期の文献『新撰陸奥国志』には「八(多くの)甲(盾)のような峰々、そして山上の田代(湿原)が多くあるから」と記されている。
そんな巨大な山塊の南部を貫くのが傘松峠である。
青森県青森市から奥入瀬渓流、十和田湖を経由して秋田県大館市に至る国道103号。その最高地点にあたる傘松峠の標高は1,000 mを超える。冬は深い積雪に見舞われ、11月下旬から3月いっぱい冬期通行止めとなる。4月の開通直後には、雪の壁の中を走ることができる峠でもある。
傘松峠へは、国道103号の青森側・十和田側に加え、黒石からも登ることができる。その中でヒルクライムの観点からひとつ選ぶのであれば、奥入瀬渓流から登る十和田側が最も魅力的だ。下り区間がほとんどなく、ブナの樹海の中を平均勾配約5%ほどで、淡々と標高を上げる。
一方、青森側や黒石側は下りを挟むため、平均勾配は4%弱とやや緩やか。八甲田山に正面から向き合うのであれば、私はやはり奥入瀬からのアプローチを推したい。
そして、この美しい山は季節によって全く異なる表情を見せる。そう、雪に閉ざされる冬である。
八甲田雪中行軍遭難事件。
明治35年、八甲田の山中で冬季演習中の陸軍部隊が大寒波に見舞われ、210名中199名が死亡。さらに、生還者のうち6名が救出後に命を落とすという、近代登山史上でも最大級とされる悲劇となった。
舞台となったのは青森側の山域で、中核地となった陸軍墓地から銅像茶屋へ続く道では、現在ヒルクライムも可能であり、この遭難事故の記憶を静かに伝えている。
私は夏の日、夕暮れ前の晴天の中、この銅像茶屋の坂を登った。かかった時間は32分弱。銅像茶屋の奥に立つ、生還者の一人後藤伍長の銅像の背後には、美しい空と穏やかな八甲田の山々が広がっていた。
同じ場所で、かつて多くの人々が彷徨い続け、命を落とした。たった30分足らずで登ってしまえる坂で、人が凍え、倒れ、戻らなかった。この事実を知ってから、山を登る感覚が変わった。
坂はただの「道」ではなく、長い歴史の中で何かしらの「物語」を背負っている。

再び傘松峠へと目を向けよう。ヒルクライムコースの始点は、奥入瀬渓流の下流である。ちょうど蔦川が奥入瀬川と合流するあたりの信号から登坂が始まる。

スタートすると、蔦川沿いのうるおった空気と、美しいブナ林がサイクリストを包み込む。極端な急勾配はなく、淡々と進む。蔦温泉を横目に標高を上げ、500mほどのトンネルを抜けるとおおよその中間地点。
この先にも谷地温泉や猿倉温泉といった温泉が次々と現れる。気づけば頭上を覆っていた高木は姿を消し、視界が開け、八甲田の山並みが顔を出す。
標高は1,000 mほどにも関わらず、深い森が表情を変え、木々はその背丈を低くして、空が大きくなる。これは八甲田山が、本州の中でも冷涼な北端に位置するがゆえだろう。高山の趣きを纏うのである。
低木と笹原に囲まれた開放感ある峠の一帯。右手には八甲田の山並み。そして「傘松峠」の看板が大きな存在感を放つ。ヒルクライムを終えた満足感が一層大きくなる。
峠を過ぎて青森市側へとダウンヒルに入れば、繰り返し出てきた温泉の中でも随一の知名度を誇る、酸ヶ湯温泉が現れる。広い駐車場、食事処もあるこの名湯は、いつ訪れても観光客で賑わっている。

私が傘松峠を登ったのは過去に二度。最初は2021年10月のことだった。黄や赤に色づき始めた木々と、季節の移ろいに抗う緑のグラデーションが、青空に映えて見事だった。
二度目は2025年8月。ブナ林のフィルターを通過した強い日差しが、路面に斑模様を描く。緩斜面のハイスピードクライミングで、それが瞬く間に流れていく。酷暑の夏でありながら、緑と清流のおかげか涼しさすら感じる、心地の良いクライミングとなった。
両日とも、この八甲田山がかつて人間に猛威を振るったとは、全く想像できないサイクリング日和であった。

今日も八甲田の空は広く、酸ヶ湯温泉はたくさんの観光客で賑わっている。かつてこの地で命を落とした多くの人たちの面影は、やはりどこにも感じ取れない。
私がヒルクライムに挑む1日は、長い年月の中のたった一日に過ぎない。私の一日もあれば、猛吹雪の中で命を落とした人の一日もある。
登りながら少しだけ、そんなことに想いを馳せる。その山の、その道の、背景にある「何か」を考える。八甲田山がなかったら、「百名登」はなかったかもしれない。

参考文献

コメント