プロフィール
- 静岡県御殿場市 / 富士市 静岡県道23号御殿場富士公園線 / 静岡県道152号富士公園太郎坊線 / 静岡県道180号富士宮富士公園線
- 以下のプロフィールは富士宮側
- 標高:2,380 m
- 登坂距離:27.5 km
- 標高差:1,867 m
- 平均勾配:6.8%
- Stravaセグメント
- 私のStravaアクティビティ(富士宮)
- 私のStravaアクティビティ(御殿場)
気がつけば、登っているにもかかわらず体が凍えていた。つい10分ほど前まで力強くペダルを踏み込んでいたはずの脚は、まるで他人のものであるかのように、力が入らない。
視界に暗幕が下りてくる。意識が遠のく。油断すればブラックアウトしてしまいそうだ。
富士山。もはや説明の必要もない、日本の象徴である、唯一無二の「不二の高嶺」。
この山に自転車で迫るルートは大きく3つ。「富士スバルライン」「富士あざみライン」、そして「富士山スカイライン」だ。
この三つのいわゆる「五合目ルート」の中でも、最も高い地点に達するのが富士山スカイラインの終着点「富士宮口五合目」である。標高は2,400 mに迫り、スバルライン(約2,300 m)やあざみライン(約1,950 m)を凌ぐ。つまりここは、自転車で日本の最高峰に最も近づけるヒルクライムである。
さらに、標高差の点でもスカイラインが抜きん出ている。南斜面に位置し、駿河湾に近い低地から登り始めるため、他ルートよりも出発点の標高が低く、結果として獲得標高が大きくなる。日本一の山のスケールを実感したいなら、選ぶべきは富士山スカイラインだろう。
富士山スカイラインは、もともと有料道路として整備された。
前半は東西それぞれからのアプローチが可能で、富士宮区間が1969年に開通。その後、御殿場区間と、2ルート合流後の登山区間が1970年にそれぞれ供用を開始。地域の観光振興と交通の便を目的に、のちに静岡県道路公社が管理を引き継ぎ、1994年に無料開放された。
現在では「日本の道100選」にも選ばれ、乗鞍畳平に次ぐ「自転車で登れる日本第二の高所」として知られている。

ヒルクライムの構成は、大きく「周遊区間」と「登山区間」に分かれる。
起点から合流地点までの「周遊区間」は、富士宮・御殿場ともに道幅が広く、樹林帯の中を淡々と進む。眺望は少なく、急カーブもほとんどないため勾配の感覚がつかみにくいが、脚は確実に削られていく。全体の半分ほどをこの区間で消化し、じわじわと体力を奪われた状態で「登山区間」へ突入することになる。
富士宮・御殿場の両ルートが合流し、南斜面を東西に横切ってきた道が北へと進路を変えると、ゲートが現れる。ここから先、後半戦の約13 kmにあたる「登山区間」こそが、スカイラインの核心部。したがって、富士宮・御殿場のどちらを起点にしても本質的な魅力は変わらない。夏の登山シーズンにはマイカー規制がかかるが、自転車は対象外。バスやタクシー以外の車がいない静かな環境で、富士山に挑める絶好の時期といえる。
「登山区間」も、序盤こそ樹林帯の中だが、標高を上げるにつれて木々が低くなり、空が広がっていく。植生の変化が、山を登っている実感を強めてくれる。次第にコーナーが連続し、勾配は一段と厳しくなる。標高2,000 mを超える頃には、疲労と酸素の薄さが重なり、脚が重く感じられるだろう。
終盤にはこのルート最大の激坂が繰り返し現れ、息を切らせながら五合目のゴールへとたどり着く。

信号がなく、一気に登り切ること。途中にほとんど緩む区間がないこと。そうした特徴から、私は富士宮側からのアプローチをおすすめしたい。そして何より、私自身が「地獄」を味わったのもこのルートである。
2023年10月下旬。富士山はヒルクライムシーズンの終盤を迎えていた。
このとき私は、メインの登坂区間よりもはるかに長いコースに挑んだ。富士宮市街地から山頂を目指す、約40 km・標高差2300 mのロングヒルクライムである。
信号の多い市街地を抜け、富士山麓の樹林帯にまっすぐ伸びる道を黙々と進む。御殿場ルートと合流し終盤へ。頂上が見える頃合いだが、その姿は厚い雲の中に隠れていた。
順調に登れている。そう思っていた。しかし秋も深まり、標高が上がるにつれて気温は急降下。登坂中の補給を面倒に感じて怠った結果、気づけばエネルギーは枯渇していた。出力を維持できなくなったことで体が一気に冷え込み、震えが止まらない。初歩的なミスによるハンガーノック。
ここまで来たのだからと、脚を引きずるように進み、なんとかフィニッシュにたどり着く。
火花が散るように視界がチカチカする中、バックポケットに菓子パンが残っているのを思い出し、それをむさぼる。上着を着込み、しばらく動けなかった。
ふらふらと立ち尽くす私の視界の先は真っ白で、下界から見えていたはずの富士山は、最後までその姿を見せなかった。
登坂時間は2時間10分に及んでいた。

そして2024年、再び富士山スカイラインを訪れた私は、御殿場側からのアタックに挑んだ。
やはり富士山は雲に隠れていたが、登頂後、しばらく待つと、ようやく富士山が顔を出した。
ここ五合目の標高は約2,380 m。山頂の標高3,776 mまでは、まだ1,400 mもの高さが残っている。つまり自転車で到達できるのは、ほんの中腹にすぎない。
下山してきたハイカーが驚いたように声をかけてきた。
「え? 自転車はどうするんですか? 担いで登るんですか?」
「自転車乗りにとっては、ここがゴールです」
山頂を極めて下山してきた登山者にとっても、この五合目は歩き終えたフィニッシュ地点。形は違えど、私たちは同じ達成感を共有しているのかもしれない。
見上げれば、そこにあるのは圧倒的な質量を持つ富士山。その巨大な存在感に、自然と敬意を抱く。そして自転車で最もその懐に近づける道。それが、富士山スカイラインである。

参考文献
- 絶景を走る日本百名道 著者 須藤英一
- Wikipedia 表富士周遊道路

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