プロフィール
- 栃木県日光市 / 群馬県利根郡片品村
- 標高: 1843 m
- 登坂距離: 25.2 km
- 標高差: 1061 m
- 平均勾配: 4.2%
- STRAVAセグメント
- 私のSTRAVAアクティビティ(GPSの不安定により私の記録は認定されず)
「トンネルを越えた先に絶景が待っていた」
ありきたりな表現がついつい口に出てしまう。そんな時はいつも、自分自身の想像を遥かに超えた景色が目の前に現れた時であろう。栃木県の道路最高標高地点である金精峠は間違いなくその一つだ。栃木県屈指の絶景である。
金精峠は国道の中でも渋峠、麦草峠につぐ第3位1の標高1843mを誇る。群馬県沼田市と栃木県日光市を結ぶ国道120号線、そのピークに金精トンネルがあり、自転車でこの峠を登破する場合は、このトンネルを抜けることになる。
金精峠の名前は奈良時代の僧、道鏡がこの峠を越えた770年頃の伝説に由来する。道鏡は、女帝孝謙天皇を虜にしたとされる巨根の持ち主であったとされている。孝謙天皇の崩御後に皇位を窺った罪で現在の栃木県下野に左遷された。
道鏡が上野国(群馬県)から下野国(栃木県)へ向かう際に、待ち受けていたのが厳しい金精峠であった。驚くことに道鏡は軽量化のため、または孝謙天皇に捧げるために自身の巨根を切り落としたという伝説が残る。それを「金精さま」として祀った金精神社が金精峠に鎮座する。金精さまは、子授けや安産、子孫繁栄の神様である。
私は群馬県側からの登坂をおすすめしたい。道鏡がこの峠を越えたのと同じルートである。
2021年の5月、長い冬季通行止めが終わった金精峠に挑むべく、私は片品村に滞在していた。
アタック前夜に天候が荒れて雨が降った。私は翌朝目が覚めると、すぐに情報収集を始めた。不安は的中した。標高の高い金精峠は白銀の世界となり、登坂ルートとなる西側斜面の雪解けは期待できなかった。登頂を諦めざるを得なかった。
念願の初登頂は2023年9月末。金精峠の群馬県側の玄関口である沼田市の老神温泉に滞在して好天を待った。その甲斐あって、2年越しの挑戦は、秋晴れの中でのアタックとなった。
沼田を出て国道120号線を北東へ進む。本格的な登坂は国道401号線との分岐を過ぎた後、道の駅「尾瀬かたしな」が目印となる。
十分な道幅のある、綺麗な舗装の二車線路。平均勾配は5%未満のハイスピードのヒルクライム。距離は25キロと非常に長い。山間に顔を出す栃木県の最高峰「日光白根山」を仰ぎ見ながら標高を上げる。道中には「白根」の名を冠したお土産屋さんや食事処、旅館が幾度となく現れる。
工事の交互通行に足止めされながらも集中力を保って進む。長いスノーシェッドが山間部の冬の厳しさを物語る。中盤以降には、丸沼や菅沼といった小さな湖沼があり、湖畔では勾配が緩む。最後の約2キロは勾配が増すが、最後の難関だと思うと自然とペダルを踏む脚にも力が入る。
大きな口を開けている金精トンネルに飛び込む。長い登坂が終わりを告げた。長さ755m、標高1843mの金精トンネルは、一般車が通行できる、日本で最も標高が高いトンネルである。1965年の開通当初は一般有料道路であったが、料金徴収期間の満了により1995年に無料化された。有料道路であった名残が一般道の看板である「青色」ではなく、有料道路を示す「緑色」看板に残る。山の懐に深く入り込んでいるため眺望はなく、登坂の前半の主役であった日光白根山も確認できない。
暗闇に差し込む光が徐々に強くなり、トンネルを抜ける。
「おぉ。。」
目の前に現れた男体山に思わず声が出る。日光連山の主峰である標高2486mの男体山。湯ノ湖越しに聳える名峰に心を奪われ、一言発した後には言葉を失い、その姿を長い時間眺めていた。これを味わうために登るべき峠であると言って良いだろう。
金精峠の栃木県側には日本有数の観光地、日光がある。金精峠が道として登場するのは勝道上人が767年に日光三山(男体山、女峯山、太郎山)での修行を始めて以降である。勝道上人は男体山に挑んでは跳ね返され、三度目の挑戦で782年に念願の頂に立った。一回目の挑戦からは15年の月日が流れていた。
金精峠は「夏峯」の道として開かれ、金精山から金精峠に下り、再び温泉ヶ岳に登るという、修行の中でも厳しい道である。湯ノ湖畔からは、金精山と温泉ヶ岳の鞍部にあたる金精峠がはっきりと視認できる。
日光は観光名所の宝庫である。華厳滝、竜頭ノ滝、湯滝と、それぞれ表情の異なる瀑布。ラムサール条約登録湿地である戦場ヶ原や、中禅寺湖といった火山によって生まれた壮大な地形が生み出した自然景観。硫黄の匂いが立ち込める湯元温泉。日本一有名な九十九折である「いろは坂」や、世界遺産である日光東照宮。数を挙げたらキリがない。
群馬県側からアプローチして、この峠を苦労して登った道鏡の道筋を辿り、金精トンネルを越える。次から次へと景観の変化する日光へのダウンヒルを終えた私の脳裏に残るのは、やはり金精峠からの男体山の姿であった。
- 渋峠群馬側の中腹にある山田峠(2048 m)を第3位に入れると、金精峠は第4位となる。 ↩︎
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