プロフィール
- 長野県大滝村 村道41号「御嶽スカイライン」
- 標高:2,190 m
- 登坂距離:20.8 km
- 標高差:1,273 m
- 平均勾配:6.1%
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『普通御嶽は日本アルプスの中に入れられるが、この山は別格である。そういうカテゴリーからははみ出している。北だの、中央だの、南だのと、アルプスは混みあっているね、そんな仲間入りは御免だよ、といいたげに悠然と孤立している』
深田久弥『日本百名山』、御嶽の章の冒頭の抜粋である。初めてこれを読んだとき、私はまだ御嶽を意識して見たことがなかった。遠くから、その山影を目にしていたのかもしれないが、近くで向き合ったことはなかった。
私が御嶽と真正面から出会ったのは、2023年の夏のこと。深田久弥の表現は、誇張でもなんでもなく、まさしくその通りだった。
長野と岐阜の県境に聳える御嶽は、古来から人々を惹きつけてきた。古くは遥拝の対象であり、修験道が各地に広まると修行の場となり、信仰登攀が行われるようになった。
ただし御嶽への道は険しかった。登頂に先立ち、100日にも及ぶ「重潔斎(じゅうけっさい)」と呼ばれる厳しい断食や水行で、身を清める必要があり、登攀可能な日は6月14〜15日の年にわずか一度のみ。そのために長き修行を積む。御嶽信仰はとてつもなく厳格であった。
転機は江戸時代。覚明(かくめい)が1782年に黒沢口から御嶽に登ったことが始まりである。彼は重潔斎ではなく、水行などの軽い精進で入山した。もちろん、これまでの信者からは強い反発を受けたが、富士山や出羽三山といった巡礼が庶民の間で盛んになる中で、御嶽も徐々に開かれていった。信仰の大切さを敬う一方で、経済や地域の繁栄も無視できなくなったのである。
その流れをさらに推し進めたのが普寛(ふかん)である。彼は大滝口を切り拓き、江戸で御嶽講を広めた。今日も全国各地に残る御嶽講の基盤を築いた人物であった。彼が開いた大滝口の道筋は、現在の「御嶽スカイライン」と重なる。
御嶽はこうして、多くの修験者たちの努力によって、広く登攀される山となっていった。
昭和41年(1966年)、有料道路林道黒石線(現在の御嶽スカイライン)が、大滝口七合目・田の原まで開通すると、御嶽は観光登山の山として一気に広まった。1971年には黒沢口にも道路(現在の霊峰ライン)が伸び、周辺にはスキー場が次々と開かれた。1997年の御嶽スカイライン無料化を経て、御嶽はより一層、誰にでも開かれた山となった。かつて修験者のみが挑んだ霊峰は、いまや中腹まで自転車で駆け上がることができる。
2023年8月、私は初めて御嶽を目の前にし、御嶽スカイラインに挑んだ。
御嶽は空気そのものが独特である。舗装路のヒルクライムコースで、ここまで強烈に、修験の地であることを感じる道は稀である。その雰囲気を形づくっているのが、序盤に現れるおびただしい数の霊神碑。
普寛の最後の弟子である一心は「信者の魂は死後、御嶽に引き取られる」と説いた。御嶽講では、魂は死してなお、山で修行を続けるとされ、その拠り所が霊神碑である。序盤は比較的穏やかな勾配だが、無数の碑に囲まれて進む時間は、他の山にはない異様な雰囲気がある。
やがて碑の数は減り、静かな樹林帯となる。自分の呼吸とペダルのリズムだけが響く。ときおり木々の隙間から御嶽が姿を覗かせ、自分自身が巨大な山に挑んでいることを思い出す。
三分の二を終えたあたりで視界が開け、スキー場のゲレンデが目の前に現れる。ここから先が御嶽スカイラインの最も厳しい区間である。九十九折の急勾配が続き、脚を容赦なく削っていく。木曽谷の向こうに中央アルプスの鋭鋒たちが連なり、圧巻の高度感が広がる。
最後は左手に御嶽を仰ぎながら田の原に辿り着く。目の前に現れた山容は、ただただ巨大であった。裾野を左右に大きく広げ、どっしりと横たわるその姿は、視界の多くを支配している。圧倒的であった。
2025年8月、私は再び御嶽スカイラインを訪れた。
この日は夏雲が湧き立ち、頂はなかなか顔を見せてくれなかった。だが最後の直登に差しかかった瞬間、御嶽の裾が成す、空との境界線が現れた。そこにあると知っていたはずなのに、その迫力に息を呑んだ。
御嶽を江戸の庶民にまで開いた普寛は、辞世の句にこう残している。
「なきがらは いつくの里に埋むとも 心御嶽に 有明の月」
たとえ亡骸がどこに葬られようとも、心は永遠に御嶽にあり、有明の月のように清く輝き続ける。
ヒルクライムを終え、意気を整えながら、しばらく待つと、雲が流れて、見事な山容が姿を現した。
やはり御嶽は、他の山々とは群れない。孤高に聳え、ただこの山単体で圧倒的な存在感を放っている。御嶽を信仰の対象としてきた長い歴史は、その存在感をいっそう深めている。
普寛をはじめ、御嶽に生涯を捧げたたくさんの修験者。それと同じく、御嶽は私のようなサイクリストをも惹きつけてやまない。
参考資料
- 日本百名山 著者 深田久弥
- 山岳信仰 日本文化の根底を探る 著者 鈴木正崇
- Wikipedia 御嶽山

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