磐梯吾妻スカイライン 

日本百名登への道

プロフィール


「とりあえず、走ってみればわかる」

知識を頭に入れた上で山に登ることで、厳しいヒルクライムが別の表情を見せ始める。道の成り立ちや歴史に想いをはせる。そんな登坂は確かに魅力的である。

一方で、目の前に広がる圧倒的な景観だけで十分。他に説明はいらない。そんなルートも存在する。磐梯吾妻スカイラインは、間違いなくその一つである。

磐梯吾妻スカイラインのハイライトともいえる「浄土平」付近。活火山が造り上げる景観の中を進む九十九折。

「陸奥(みちのく)」この名は「道の奥」に由来する。古代、都から東へ延びる東山道の果てに広がる、遠く未開の地。今の東北地方である。

時代は移り、交通手段は多様化し、高速化した。それでも、白河の関を越えて東北に入ると、町の密度は徐々に薄れる。

その分、厳しい寒さと向き合ってきた土地ならではの、人々の静かで確かな強さのようなものが、じわりと伝わってくる。視界には高いビルよりも山が入り込む。まず安達太良山が姿を現し、さらに北上すると吾妻山がその存在感を強めてくる。

標高2,000 m弱の山々が連なる吾妻山。そのなかでも異彩を放つのが、山頂部に火口を開けた「吾妻小富士」と、常に噴煙を上げる「一切経山」。いずれも植物を寄せつけぬ荒々しい山肌を見せ、周囲の緑と鋭く対照をなしている。

福島市街から吾妻山は本当によく見える。「あの山はなんだろう?」と、山に興味のない人ですら目を奪われるはずだ。

そして、私のようなクライマーにとって、あの高峰へ自分の脚で近づいてみたいと思うのは自然であろう。その願いに応えてくれるのが、磐梯吾妻スカイラインである。

火口が印象的な吾妻小富士(左)と、どっしりと大きな一切経山(右)に向かってまっすぐ延びる「磐梯吾妻スカイライン」。

東北で自転車が到達できる最高地点はどこか? 答えは、この磐梯吾妻スカイラインの最高地点、標高1,622 mである。

磐梯吾妻スカイラインの全長は28.7 km。福島市西部の高湯温泉と土湯峠を結ぶこの道は、人の往来や物流といった、本来の道とは少し異なる役割を持って建設された。戦後に整備された「観光道路」として1959年に開通した。

このスカイラインを最大限味わうのであれば、高湯温泉側から登るルートであろう。ここでは、高湯温泉の手前、福島市街地のはずれから最高地点までを、磐梯吾妻スカイラインのヒルクライムとする。登坂距離は24 km以上。標高差1,400 mを駆け上がる。


序盤こそ、果樹園や民家が点在するが、すぐに樹林帯に入る。視界は閉ざされ、ひたすら自らと対話する時間が続く。ふと、硫黄の香りが漂ってくる。そう、吾妻山は活火山であり、この周辺には豊富な温泉が湧いている。高湯温泉はその代表格で、白濁した湯と強い硫黄臭で知られている。

温泉街を抜けてスカイラインに入ると、斜度はやや緩む。急坂と緩斜面が織り交ざる区間が続き、標高を上げていく。依然として景観は開けないが、これだけ長時間にわたって続く樹林帯に、この登坂の大きさを実感する。

転機は、つばくろ谷に架かる不動沢橋。突然木々が途切れて、左手に福島市街の眺望が広がる。「これほど登ってきたのか」と、標高1,200 mまで登ってきたことに気づかされる。

つばくろ谷に架かる不動沢橋。眼下に福島市の街並みが一望できる。

火山ガスの影響で、植物の生えない白い世界「浄土平」。生命の生存を許さない一帯は、文字通り「浄土」である。生きながらにして、その中に身を置いているという体験が、余計な思考を打ち消す。疲労していたことを忘れている。

そこから先は、目まぐるしく景色が変わる。折り重なる九十九折を進みながら、空は徐々に広くなり、市街地から見上げていた吾妻小富士が、ついに目の前に姿を見せる。木々が減り、荒涼とした山肌が辺りを支配し始める。

浄土平を過ぎると、2.5 kmほどの緩やかな登り。火山地帯の中枢部を抜け出して、再び緑が息を吹き返す。やがて「1,622 m」と路面にペイントされた、東北最高地点に到達する。

かすれた「道路最高点」のペイントが歴史を感じさせる。

私の初挑戦は、2017年5月。そのスケールと景観に圧倒された。以来、私は同じルートを複数回走ることは稀なのだが、ここには何度か吸い寄せられるように足を運んでいる。


吾妻山は「東屋(あずまや)」、つまり家のような形を意味する言葉が、その名の由来とされる。実際、吾妻連峰には「家形山」という山もある。標高の突出した主峰こそないが、多くの峰を抱えたその姿は、たしかにどっしりとした「大きな家」のようだ。

我々サイクリストは、この山塊を突っ切るスカイラインを通って、この「大豪邸」にお邪魔し、たくさんの「部屋」を覗くように、多彩な景色に心を揺さぶられながら、ペダルを踏む。

ところで、名前といえば、かつて私は「磐梯吾妻スカイライン」という名称に違和感を持っていた。この道は吾妻山を貫いているが、磐梯山からは遠い。だが、最高地点を越え、土湯峠へと下る途中、視界に飛び込んでくる磐梯山の堂々たる姿を見た時に、こう思った。

「磐梯を望む」という意味ならば、「磐梯吾妻スカイライン」の名は確かにふさわしい。続いて、安達太良山の迫力に目を奪われる。「磐梯安達太良吾妻スカイライン」ではさすがに長いか。などと、くだらない考えがよぎる。

吾妻の懐に入り、磐梯を望む。

登る吾妻、望む磐梯。

これほど我々を絶景で楽しませてくれるヒルクライムは、そう多くない。だからこそ、こう言いたくなる。

「とりあえず、走ってみればわかる」

道の奥「陸奥」に延びる、日本有数のヒルクライムルートである。

土湯温泉方面へのダウンヒル。鋭角に尖った磐梯山とその左手に覗く猪苗代湖。

参考文献

  • 絶景を走る日本百名道 著者 須藤英一
  • 日本百名山 著者 深田久弥
  • 名山の民俗史 著者 高橋千劔破
  • 会津の峠(上) 編集 会津史学会
  • 福島県の道路2001 編集発行 福島県土木部
  • 磐梯吾妻道路(Wikipedia)
  • 福島市観光ノート

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