プロフィール
- 宮城県蔵王町 県道12号白石上山線(蔵王エコーライン)
- 標高:1,610 m
- 登坂距離:17.3 km(リフト乗り場手前、最高地点まで)
- 標高差:1230 m
- 平均勾配:7.1%
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学生時代のことだった。
標高1,750 m。友人と二人、蔵王の象徴ともいえる「お釜」を見下ろしていた。10万円を握りしめ、初売りで手に入れた初めてのロードバイクにまたがり、自分の脚だけで蔵王エコーラインに挑んだ。
あの時の高揚感は、まるで少年時代の冒険そのものだった。ペダルを踏めば、どこまでも行ける気がした。
誰にでも、自転車の原点がある。私にとってそれは、大学時代を過ごした仙台の街。そして、初めて挑んだ超級山岳が「蔵王エコーライン」だった。
「蔵王山」という単独の山は、実は存在しない。正確には、熊野岳(標高1,840m)を最高峰とする「蔵王連峰」の総称だ。刈田岳、屏風岳、五色岳などの山々が連なり、その火山活動の歴史はおよそ100万年。明治時代にも噴火を記録しており、現在もなお活動を続ける活火山である。
蔵王の名は、奈良県吉野の金峯山寺を総本山とする、修験道の本尊「蔵王権現」に由来する。神仏習合の時代における畏敬と神格化の意志が、この山名には込められている。蔵王は単なる山ではなく、信仰の対象であり、試練の地でもあった。
その信仰の山を貫くのが、宮城県蔵王町と山形県上山市を結ぶ「蔵王エコーライン」である。1962年、日本道路公団により有料・未舗装道路として開通し、1967年にアスファルト舗装化。1985年には無料開放された。
山形側には強い硫黄泉で知られる名湯・蔵王温泉があり、広大なスキーリゾートとしても知られる。山形市街地に近く、観光拠点が多いため、エコーライン以外にも複数のヒルクライムルートが存在し、サイクリングの楽しみ方も多彩である。
しかし、私が心を惹かれるのは、火山と信仰の色を強く感じられる「宮城側」である。
蔵王の高峰の一つ、刈田岳山頂に鎮座する「刈田嶺神社(かったみねじんじゃ)」奥宮。厳しい冬季には、御神体が宮城県側のふもと、遠刈田温泉にある里宮へと遷される。この刈田嶺神社は、明治期の神仏分離以前は「蔵王権現社」として信仰されていた。
そして今、その御神体の移動にも、我々サイクリストと同じく、蔵王エコーラインが使われているという。神仏にとっても、この道は欠かせない存在となっているのである。
蔵王大権現の大鳥居をくぐり、蔵王エコーラインのヒルクライムが始まる。美しい木漏れ日の中を登っていく。勾配は緩急を織り交ぜながらも全体的に厳しく、直登もあれば九十九折もある。
標高750 m付近の「滝見台」を過ぎると、道は徐々に開け、山頂からのおろし風を感じるようになる。冬には猛吹雪を生む「蔵王おろし」と呼ばれる西風。夏はその名残をうっすらと残し、涼しさを与えてくれる。
向かい風と、登り勾配に逆らいながら、まだまだ残りも長い、標高1,250 m付近。「くぬき地蔵」が現れる。漢字では「苦抜地蔵」と書くらしい。ヒルクライムの苦しさを抜き取ってほしいと願うには、あまりにもふさわしい名と場所である。
この周辺は「賽の磧(さいのかわら)」と呼ばれる一帯で、火山が造り出した、荒涼とした景観が広がる。ここから先は、蔵王が活火山であることを全身で感じながら標高を上げていく。
遠くからもひときわ目を引く、白く変色した岩肌が目の前に迫ってくる。100万年前の火山活動が生み出した「大黒天」である。標高はおよそ1,450 m。ここまで来れば、ピークはもうすぐ。
そして、「蔵王ハイライン」の分岐を過ぎれば、蔵王エコーラインの最高地点、標高約1,600 mの県境にたどり着く。
ちなみに、エコーラインの最高標高地点は、磐梯吾妻スカイラインの標高1,622 mに、わずかに届かない。だが、そこからさらに刈田岳山頂へ向かう「蔵王ハイライン」の終点は標高1,720 mに達し、舗装路の東北最高地点である。残念ながら、ハイラインは自転車での通行が禁じられている。
本文冒頭の大学時代の場面、蔵王初登攀の時に戻ろう。
我々はハイラインが自転車通行不可であることを知らず、お釜を見ることだけを目指して必死にペダルを踏んでいた。そしてようやくたどり着いた料金所で、通行を制止された。諦めきれずに、自転車を道端に置いてヒッチハイクでお釜まで向かった。
2025年7月。私は再び蔵王に立っていた。宮城側・山形側あわせて、これで6度目の登攀になるだろうか。
どれだけ経験を積んでも、この登りに向き合う時は、心が引き締まる。火山と信仰が織りなす巨大な山体の中に、自分の小ささを思い知る。何度も登ったからこそ、その厳しさがよくわかる。だからこそ、畏れがある。
エコーラインを走破するたび、同じことが頭をよぎる。ヒッチハイクをしたこと。そして、いつか自転車で蔵王ハイラインを登破できたら、ということ。
自らの脚で、自転車で、お釜まで登ることができたなら、その時に見える景色は、ヒッチハイクで辿り着いたあの時より、きっと美しいに違いない。
参考文献
- 日本百名山 著者 深田久弥
- 日本百名峠 編者 井出孫六
- 山岳信仰 日本文化の根底を探る 著者 鈴木正崇
- 蔵王連峰(Wikipedia)
- 宮城県道・山形県道12号白石上山線(Wikipedia)
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