阿蘇パノラマライン(中岳火口)

日本百名登への道

プロフィール


阿蘇外輪山の縁に立つ。その断崖絶壁の先に広がるカルデラを前に息を呑むと同時に、目の前にはより高く、そして巨大な山塊がドンと構えている。

阿蘇五岳。

その山容から涅槃像にもたとえられる、迫力と優雅さを兼ね備えた峰々を前に、言葉を失う。しかしまだ、あなたはこれから始まる壮大な物語の予告編を見ているに過ぎない。


阿蘇の広大な地形は、30万年間に渡って繰り返された噴火活動によって形成された。9万年前の巨大噴火の後に、地表が陥没し、世界有数の規模を誇るカルデラが生まれた。その周縁部にそびえる外輪山は、その陥没痕の縁にあたり、現在の阿蘇地域を大きく囲むように連なる。

カルデラ内部には、火山活動が再び始まって成長した中央火口丘群がある。最高峰の高岳、唯一の活火山である中岳をはじめ、烏帽子岳、杵島岳、根子岳から成り、阿蘇五岳と呼ばれる。

中岳の噴火によって堆積した火山灰が風に削られてできた砂漠「砂千里」、古い火口跡に雨水や火山土壌が溜まり、草原化した「草千里」。世界最大級のカルデラは、実に多様な景観を生み出した。

カルデラの底には田畑が広がり、人々が生活する。その中心には常に涅槃像にも例えられる「阿蘇五岳」が鎮座する。

人が住む、世界最大級のカルデラである阿蘇。カルデラの底部には人々が生活する。市街地からも堂々たる姿を見せる阿蘇五岳。その中で唯一噴煙を上げる中岳。その火口まで舗装路が伸びる。

阿蘇の山岳風景。その魅力を自転車で存分に味わうコースの筆頭といえば、ミルクロードをはじめとした外輪山であろう。ただし、阿蘇の魅力はそれだけでは終わらない。

阿蘇五岳を眺めるのが外輪山であれば、体感するのが中岳へと伸びるパノラマラインである。市街地から中岳火口に至るヒルクライムでは、阿蘇のもつ多彩な景観が次々と現れる。その中に自らの力でペダルを踏み、飛び込んでいく。

阿蘇中岳に至るヒルクライムコースは、大きく分けて4つある。私は悩みに悩んだ。どのルートが百名登に相応しいのだろうか。何度も阿蘇に足を運び、晴れた日を選び、全てのコースで市街地から火口まで一気に登ってみた。出した結論は、阿蘇駅(道の駅阿蘇)をスタートし、パノラマラインを登って、阿蘇登山有料道路に至るルートである。


突然であるが、あなたは映画館の前にいる。エントランスをくぐるとカウンターがある。鑑賞のお供にポップコーンでも欲しいところだ。それが道の駅阿蘇だと思えば良い。ヒルクライム中に、または終わった後のご褒美に、道の駅に豊富に揃う、ご当地グルメをバックポケットに忍ばせる。

ペダルを踏み込むと同時に、壮大な物語が幕を開ける。

冒頭はとても静かである。すぐに樹林帯に入り、目の前に聳えていた阿蘇五岳は視界から姿を消す。緑豊かな日本において、森の中のヒルクライムというのはごく一般的であるが、阿蘇という広大な開けた土地の中においては、これ以上ない新鮮さを持つ。「普通」の景色が貴重なのだ。

開けた景色の多い阿蘇において、木々の中を走る区間は、どこか新鮮さすら感じてしまう。

すぐに舞台は激変する。背の高い木々は姿を消し、ススキや牧草地を中心とした平原が、どこまでも広がる。これぞ阿蘇である。左手の斜面は阿蘇五岳の峰々へと続き、右手はカルデラの底へと落ちていく。その深い谷を挟んで対岸には、外輪山の絶壁が聳える。日本で阿蘇だけが持つ山岳風景である。

綺麗な円錐形の米塚もアクセントとなり、目を楽しませてくれる。3000年以上前に、一回きりの噴火でできた小さな山である。阿蘇を開いたとされる健磐龍命(たけいわたつのみこと)が、阿蘇で採れた米を積み上げ、それを掬って人々に与えた、という神話にも残るように、山頂部分が凹んだ特徴的な姿をしている。

阿蘇のススキの原の主役といえば米塚かもしれない。その特徴的なフォルムにはどうしても目を奪われる。

どこまでも走り続けたい、そんな草っ原の中での登坂は一度ピークを迎えて、ダウンヒルに転じる。草千里である。

全体としてなだらかな地形を持つ草千里。草千里火山の火口壁の侵食などで運び出された土砂が火口の底に積もってできた火口原である。野焼きや牛の放牧などの人為作用が加えられていることにより、高木に覆われることなく、草原が維持されている。

目指すフィニッシュ、煙を上げる中岳火口を正面に見据え、火口原の底へと、短く真っ直ぐなダウンヒルを挟む。登り一辺倒から急に現れるダウンヒルのスピード感。物語はクライマックスへ向けて加速していく。

草千里へのダウンヒル。進行歩行には煙を上げる中岳の火口が待ち構える。

草千里を抜け、いよいよ最終区間「阿蘇登山有料道路」に入る。有料道路でありながら、自転車は無料で通過できるという特権を授かっている。

中岳火口の直下に差し掛かる。火山ガスの影響で植物の生育は許されない、荒涼とした景色。先ほどまでの草原風景が幻だったかのような、その地肌が剥き出しとなった大地に伸びる一本の道。

登坂中盤まで続いた緩斜面と、草千里のダウンヒル。そこから一変して壁のように立ちはだかる中岳に向けての急傾斜。これ以上ない鮮やかな地形のコントラスト。ヒルクライムにおいて、これほどまでに刺激的なフィニッシュはないであろう。

荒涼とした大地の中、中岳火口に向けて伸びる、強烈な急勾配が牙をむく。

火山が作り出した砂漠「砂千里」を横目に、最後の激坂に立ち向かう。先ほどまで遠くから眺めていた、天に昇る蒸気が目の前に迫り、広い駐車場のフィニッシュに到達する。

目の前に広がる大パノラマ。達成感や疲労感、あらゆる感情が入り混り、感動に言葉を失う。こうして、物語は幕を閉じる。


火山の生み出したダイナミックな地形に、野焼きのような人為的な作用が加わって形作られた景観。さらに人間が敷いた道路。こうして、日本でここにしかない景観に飛び込むヒルクライムが可能となった。

それはただの映画鑑賞ではない。自ら作品に没入する体験である。一度それを経験したサイクリストは、その感動を何度も味わいたくて、再び阿蘇に足を運んでしまう。

阿蘇パノラマライン。そして中岳火口へのヒルクライム。大自然と人類が生み出した最高傑作である。

九重連山を背に、広大な草原の中で標高を上げる。

参考文献

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