京柱峠(きょうばしらとうげ)

日本百名登への道

プロフィール


「酷道」という言葉を知っているだろうか?

国が管理する一般国道の中でも、路面状況が悪いために一般車両の通行が困難な道路の俗称である。忌み嫌って付けられたような名前に思えるが、ことサイクリストにとっては、大きな魅力を持った響きを帯びている。荒れた山奥の、狭く厳しい道のりを、己の力で越えていく挑戦の対象として輝いて映る。

そんな酷道の中でも、特に愛される道がある。国道439号線。四国の中央を横断し、西日本第二の標高を誇る剣山の麓をかすめながら、幾重にも峠を越えてゆく。日本三大酷道の一つと称され、語呂で呼んだ「ヨサク酷道」の名で知られている。酷道マニアやライダー、そしてサイクリストにとっては、四国の秘境を象徴する道である。

そのヨサクの中でも最も美しい峠が京柱峠であろう。

国道439号線。通称「ヨサク」。深い森の中に伸びる、国道とは思えない雰囲気のある道。

弘法大師・空海。

密教を中国から日本に伝えた天才の僧である。彼は四国の香川の地に生まれ、この地で修行に励んだ。彼の修行の地を巡る「四国八十八ヶ所霊場」は、今なお多くの人々が歩き続ける巡礼の道である。

この八十八ヶ所は江戸時代、真念によって体系化されたと言われる。いわば当時の「お遍路ガイドブック」であり、空海ゆかりの寺を効率的に巡るための道筋を示したものだった。しかし四国という地は、寺院の外にも、空海の足跡が無数に残る。山、滝、窟。そのすべてが修行の舞台だった。

京柱峠もそのひとつである。

空海が徳島から高知へと向かう際に、この峠を越えたと伝わっている。徳島側の麓の祖谷から、峠に至るまでの道のりがあまりに長く、「まるで京都に上るように遠い」と嘆いたことから、「京柱」という名が付いたという。

四国の山々を熟知していたであろう空海をしても、その険しさに息を呑んだということが、この峠の山深さを物語る。高越山、高縄山、大瀧山、梶ヶ森。四国には弘法大師ゆかりの峰が数多くあるが、京柱峠もまた、彼の足跡を今に伝える場所のひとつなのだ。

全長18 kmにおよぶ長いヒルクライムが始まる。

私の京柱峠への初登攀は2019年。徳島側であったが、道の崩落による通行止めにより、一部区間で国道を迂回するイレギュラーな形で峠を踏んだ。

二度目は2022年。総延長350 km近い国道439号線の実に半分近く、徳島市街から高知市街へ抜ける、150 kmほどの厳しい山岳ルートを走破した。徳島を出て三つ目の峠、この行程の最後に現れたのが京柱峠であった。

道路崩壊による通行止め、市街地からの遠さ。この二度の挑戦は、京柱峠の山深さを私の心に刻むには十分のインパクトがあった。

そして2025年。三度目は高知側からのアプローチとなった。

四国の奥地にあるこの峠は、空海が「京都までの道のり」と例えた徳島側より、高知側から登った方が、標高差の大きなヒルクライムとなる。それを登らずにはいられなかった。

もう一つ登る理由があった。この旅で私は、お遍路を巡りながら未踏のヒルクライムに挑み続けていた。空海の足跡をたどるうちに、初めてこの峠の名の由来を知った。巡礼の旅の途中でここを訪れることは、必然のように思えた。

標高を上げても断続的に現れる集落。高知の内陸部は驚くべき山奥に人々の生活の息吹が感じられる。

土讃線の踏切を渡るとすぐにヒルクライムが始まる。登坂距離は18 kmほど。序盤は広い二車線路を進み、中盤からは道幅が狭まり、場所によっては車のすれ違いが難しいところも現れる。

標高を上げても繰り返し現れる集落。驚くべき山奥にまで人の生活を感じられる。部分的に路面が荒いところも増えてくる。一方で、舗装が修復されているところも見受けられる。

「ここが酷道で有名なあのヨサクか?」と思うほどに走りやすい。

徳島側の麓の祖谷渓は「日本三大秘境」と呼ばれることで注目され、観光地化が進んだ。日本三大酷道と称されたこの道と合わせて、訪れる人が増え、整備が進んでいるのだろう。

民家も姿を消した終盤、アタックは熾烈を極めた。梅雨明け直後。下界は35度に達するような暑さ。その中での長い登坂と、緩むことのない急勾配。前半の緩斜面のことなどとうの昔に忘れて、終わりはまだかとペダルを踏み続ける。

そして、峠にたどり着いた。

そしてたどり着いた京柱峠。標高1,133mの看板が立つ。

これまで走ってきた深い森の中から一転、峠の空は広い。高知側には独立峰・梶ヶ森がそびえ、徳島側には矢筈山と天狗塚の鋭い三角形が浮かぶ。その鞍部を見つめて、「あの辺りが落合峠か」と、ヒルクライムの名登に囲まれていることに嬉しくなる。

展望は開けているが、UFOラインや四国カルストのような、四国を代表するような絶景はない。だが、この峠には静かな気品がある。深い四国の自然と人の営み、その境界線に佇むような静けさがある。それは絶景よりも四国らしさに溢れている。

美しい「京柱峠」の看板が立っている。それを写真に収める。大ボリュームのヒルクライムを制覇した充実感に満たされる。


三度目の京柱峠。お遍路のルートを大きく外れた峠に残る空海の足跡。過去二回の訪問では知らなかった峠と空海のエピソード。自分自身の知識が増えることで、峠が語りかけてくるものも変わる。

「あなたはここにも来ましたか」

遠い昔にこの地で厳しい修行に励んだ一人の男の声が聞こえた気がした。

京柱峠の山は深い。暗い森の中に差し込む日差しが、梅雨明け直後の酷暑を思い出させる。

参考文献

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