阿蘇ミルクロード

日本百名登への道

プロフィール

  • 熊本県大津町・阿蘇市:阿蘇ミルクロード(熊本県道339号)
  • 標高:932 m(鞍岳ルートとの合流ポイント)
  • 登坂距離:12.1 km
  • 標高差:682 m(最後の信号から)
  • 平均勾配:5.6%
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*トップの写真はレストラン北山展望所より


「阿蘇は良い。」

サイクリストがこう口にする時、それは決して誇張ではない。もしこの一言に同意できない人がいるとすれば、その人はまだ阿蘇を走っていないのだ。全国を走り回ってきた私が言うのだから、多少の信頼は置いてもらえると思う。そして何より私自身が、心の底から「阿蘇は良い」と思っている。

百名登の選定において、阿蘇ほど悩ましい地域はない。南北約25 km、東西約18 kmにも及ぶ、世界最大級のカルデラ地形。その縁を囲むように外輪山が連なり、内側には驚くほどに広大な平地が広がる。そしてその中心部には、今も活動を続ける中岳や最高峰の高岳を含む阿蘇五岳が聳える。

火山が生み出した圧倒的なスケールの地形。春の野焼きによって維持される草原。広がりも奥行きも、高低差もある三次元的な風景。視界の中にこれほど多様な自然が同時に存在し、しかもその中を走り抜けられる場所は、日本中探しても他にない。

ゆえに、ルートの選定が難しい。登坂ルートはいくつもあり、それぞれが素晴らしい。だが標高差という観点では意外と小さく、最も高い中岳火口(標高1200m超)に至るには、外輪山を越えてから一度下り、再び登らねばならない。

「カルデラ」という特殊な地形が、単純な登坂のスケールを小さくしてしまうのである。例えば俵山峠。景色が素晴らしくても、登坂自体のボリュームが小さい。そんな悩みにぶつかることになるのだ。


阿蘇で最大の感動は、外輪山の外側を登り切ってその淵に立ち、内側を初めて覗き込んだ瞬間に訪れる。カルデラの全貌が突如視界に現れたときの感動。舞台の幕が降りた瞬間にクライマックス。そんな感じだろうか。とにかく圧倒されて、呆然と目の前に広がる光景を見るのである。

そんな外輪山の登坂ルートの中で、今回紹介するのが「ミルクロード」である。

外輪山には一ヶ所だけ切れ目があり、そこを国道57号線が抜けている。大津(おおづ)から立野(たての)を経てカルデラ内部に入るルートだ。ミルクロードはその大津を起点とし、外輪山の縁に沿うように稜線を登っていくルートである。

阿蘇には、こんな神話が残る。かつてカルデラ内部は湖だったが、健磐龍命(たけいわたつのみこと)が外輪山を蹴り崩し、水が流れ出て人が住めるようになったという。

最初に壁を蹴り崩そうと試みたのが、ミルクロード中腹に位置する二重峠(ふたえのとうげ)。これは失敗に終わった。良く見ると壁が二重になっていて、強固だったという。これがこの峠の名前の由来である。

次に蹴ったのが現在の立野。このとき蹴った反動で健磐龍命が転んで「立てんのう」と叫んだことから、「立野」という地名が生まれたとも言われる。阿蘇を人の住める地に変えた神である健磐龍命は「阿蘇の父」とされている。

ミルクロードという名は、牛乳の運搬路だったことに由来するが、その背景にはこのような神話の舞台という古来からの顔もあるのだ。


登坂は「道の駅大津」交差点から始まる。ここはまだ正式にはミルクロードではないが、序盤は森の中の緩斜面。絶景に至るまでの助走といった区間だ。

やがて県道23号との交差点に差しかかる。登坂中唯一の十字路(信号はない)を過ぎると、視界が一気に開け、草原の中を縫うように登る阿蘇らしい景観が現れる。それと同時に勾配も強まる。やがて二重峠に近づくと、直線的な九十九折が続く。まるで蛇がのたうつように伸びる道は、ヒルクライムとして最も苛烈な区間となる。

この急登を登り切ると、ミルクロードの登坂はほとんど標高を上げ切ったことになる。この先は外輪山北部の稜線をたどる絶景ルート。なだらかなアップダウンを繰り返しながら、草原の中を駆け抜ける。右には阿蘇五岳、左前方には九重連山。視界のどこを切り取っても「最高の一枚」として写真に収めることができる。そんな風景で満たされる。

このセクションでは、かぶと岩展望所、レストラン北山、スカイライン展望所、そして最大のハイライトである「大観峰」と、展望所が次々と現れる。厳しい登りのあとに現れるこの快走路は、サイクリストにとってこれ以上ないご褒美である。

さらに先へと進めば、道は下り基調となり、やまなみハイウェイと合流。絶景の余韻を胸に、最後に城山展望所で「阿蘇」を目に焼き付けてフィナーレとなる。

ちなみに、景色をじっくり味わうなら逆回り(北から南へ)もおすすめだ。日本の左側通行では、対向車線を挟まずに阿蘇五岳をより間近に望むことができる。


私がミルクロードを登ったのは2025年4月29日。新緑が一気に広がり、阿蘇の草原が色濃く萌え始める季節だった。

数年ぶりに訪れた阿蘇で、外輪山の縁を走る。一気に感動の波に包まれる。絶景は一瞬では終わらず、走るほどに少しずつ表情を変えながら、終わりのない物語のように続いていく。阿蘇五岳の姿は角度によって少しずつ表情を変え、カルデラの断崖はより鋭く立ち上がる。遠くには九重連山が控えめに、しかし威厳をもってこちらを見守っている。

やはり阿蘇は、唯一無二だ。そしてミルクロードは、その魅力を雄弁に語ってくれる。

次に誰かに「日本で走って良い場所はどこですか?」と尋ねられても、きっと私はこう答えるだろう。

「阿蘇は良いですよ。」


参考文献

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