プロフィール
- 東京都檜原村 都道33号線 都道206号線
- 標高:1,146 m
- 登坂距離:15.3 km(上川乗から)
- 標高差:736 m
- 平均勾配:4.8%
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ペダルを踏み込むたびに、木漏れ日が流れていく。
新緑の匂いを含んだ風が頬を撫で、渓流の音が響いてくる。呼吸はすでに荒い。その息遣いは、キツくなるほどに一定のリズムが強調されて、それに合わせるかのように登坂に没入していく。
そのリズムは、時折、唸りを上げて駆け抜けるオートバイやスポーツカーに断ち切られては、再びテンポを取り戻してヒルクライムに没頭する。
ここは東京都檜原村。
人口1400万人を超える東京都。そのイメージは、高層ビル、満員電車と渋滞、コンクリートと人々の密林だろうか。
だが西へ向かえば、東京は大きくその表情を変える。

奥多摩の山は深い。東京都最高峰である雲取山は標高2,017 m。秩父多摩甲斐国立公園に連なる山域は、関東平野の果てとは思えないほど険しく、原始的な地形を今も残している。
そしてその山々の中に、多くのサイクリストが特別な場所として足繁く通う道がある。
それが「都民の森」、そしてその先にある「風張峠」である。
風張峠は標高1,146 m。東京都の一般道路最高地点として知られている。全国的に見れば決して突出した標高ではない。しかし超高層ビル群からわずか数十キロ先に、これほど本格的な山岳道路が存在している。その事実こそが、このコース最大の魅力であり、その存在は異様ですらある。
風張峠へ向かうなら、起点はJR武蔵五日市駅が定番だろう。
中央線や五日市線を乗り継げば、新宿からおよそ1時間。確かにここは東京なのだ。しかし駅を降りれば、都心の熱気は薄れ、山から流れてくる風が肌に心地よい。もちろん自走するのも良い。
駅を出発すると、まずは秋川沿いを西へ進む。川の流れに寄り添うように道が伸び、街並みは徐々に姿を消していく。コンビニや住宅が減り、代わりに杉林や渓谷が増えていく。
多くのサイクリストが実質的な登坂のスタート地点とするのが檜原村役場だ。バイクラックやトイレも整備され、サイクリストを歓迎する空気が漂っている。
役場から先は、平坦や緩い下りが混ざる高速区間。脚を回しながら渓谷沿いを進み、やがて最後の信号「上川乗」へ辿り着く。

上川乗以降、勾配は徐々に牙を剥き始める。とはいえ、序盤はまだ優しい。道路幅も広く、木々の間から渓谷が見え隠れする。終盤に備えて淡々とペースを刻むことが、この長い登坂では重要になる。

そして旧料金所跡を越えると、空気が変わる。ここからが「奥多摩周遊道路」である。
奥多摩周遊道路は、1973年(昭和48年)に「奥多摩有料道路」として開通した、東京都初の有料道路である。全長約19.7km。奥多摩湖側と檜原村側を結ぶ観光道路として建設され、1990年(平成2年)に無料開放された。現在は東京都道206号川野上川乗線の一部となっている。

当時、日本は高度経済成長の真っただ中だった。モータリゼーションが急速に進み、「車で絶景へ行く」という価値観が全国へ広がっていた時代である。奥多摩周遊道路もまた、その流れの中で生まれた。
だからこの道は、走りやすい。
急峻な山岳地帯を縫っているにもかかわらず、コーナーはおおらかで、道幅は広い。大型観光バスでも無理なく走れるよう設計されているため、一般的な峠道のような窮屈さがない。
その結果、自転車にとっても極めて走りやすい山岳道路になった。森の中を一定リズムで踏み続けることができる。それが風張峠の魅力である。

また、この道路は自転車ロードレースとも縁が深い。2013年の東京国体ではロードレース競技のコースとして使用され、多くの選手たちがこの坂を駆け抜けた。現在でもヒルクライム練習の聖地として、多くのサイクリストに愛され続けている。
コーナーは浅く、路面状況が良く、道幅は広い。一方で、旧料金所から先は、ほとんど勾配が緩まない。視線を上げれば、山肌に沿って道が遥か上まで続いている。何本ものコーナーが折り重なり、その先にまた新たな登りが見える。
都民の森へ近づくにつれ、呼吸はさらに荒くなる。
脚に乳酸が溜まり、額から汗が落ちる。それでも不思議と苦しさだけではない。森が深くなるほど、登ることそのものへ没入していく感覚がある。
都民の森では、多くのサイクリストがベンチで休憩している。売店、自動販売機、トイレ、大駐車場。ここは奥多摩周遊道路の拠点のような場所だ。

だが、ここで立ち止まらずに、その先、風張峠へと進んでほしい。都民の森から先は、時折勾配が緩む。しかし、ここまで長時間登り続けた脚には、そのわずかなアップダウンすら重く感じる。
やがて視界が開け、風張峠の駐車場が現れる。そこには派手なモニュメントはない。道路脇に立つ標識が、ここが東京都道路最高地点であることを静かに教えてくれるだけである。
目の前には山。また山。そのさらに奥にも山並みが重なっている。私の前をオートバイや車が次々と駆け抜けていく。彼らもまた、この道そのものを楽しんでいる。観光道路として作られた奥多摩周遊道路は、半世紀を経た今もなお、人々を山へ惹きつけ続けているのである。
息を整えてダウンヒルへ入る。ふと、山と山の切れ間の景色が目に入る。遥か彼方に、高密度に積み重なった街が見えた。
霞んだ空の向こうに、都心の高層ビル群が小さく浮かんでいる。

私は深い森の中にいる。しかし巨大都市は確かにすぐそこに存在している。私はふと思い出す。
「そうか、ここは東京なんだ」
コンクリートジャングルに生きるサイクリストたちは、今日も都民の森を目指してペダルを踏み込む。

参考文献

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