プロフィール
- 奈良県十津川村
- 標高: 999 m
- 登坂距離:10.0 km
- 標高差:847 m
- 平均勾配:8.5%
- Stravaセグメント
- 私のStravaアクティビティ
紀伊半島。ただでさえ山が深いこの半島のど真ん中。その人を寄せ付けないような立地からであろうか。
「神様に呼ばれないとたどり着けない」
そう言われる神社がある。標高1,076 mの玉置山山頂近くに鎮座する玉置神社である。
紀元前37年に、崇神天皇により創建されたと伝わる、日本最古の神社の一つ。主祭神は、天地開闢(てんちかいびゃく)の神として、すべてのはじまりを司る存在である国常立尊。
玉置神社は古来より紀伊半島で続く、熊野・大峰修験の行場の一つでもある。平安期には神仏習合のもと熊野三山の奥院として多くの修験者が訪れた。

熊野エリアを舞台に行われる自転車の国際レースがある。ツールド熊野だ。
私は2019年にこのレースに参戦したが、第1ステージのテクニカルなプロフィールのコースに苦戦して完走できず、翌日に進めなかった。第3ステージまであるこのステージレースで不本意にも生まれてしまった時間。同じくリタイアに終わったチームメイト二人とトレーニングライドに出発して訪れたのが、ここ玉置神社だった。
大きな登りがあるぞ、と練習コースに組み込んだだけで、神社については全く事前情報も持ってはいなかった。ヒルクライムを終えた先に想像以上に立派な駐車場があった。そして私がヒルクライムを行ってきた世界とは、異なる世界への入り口なるように立つ鳥居。どこか神聖な空気を纏った場所だな、そう思っただけでその場をあとにした。
二度目の訪問は2024年。その歴史の深さを認識し、改めてこのヒルクライムに挑むことを決意した。前回とは異なるルートでのアプローチ。十津川温泉のほど近く、十津川にかかる猿飼橋から登り始める今回の登坂路が、玉置神社への正規ルートといって良いであろう。
深い山の中であることを考えると、綺麗な路面の1.5車線。勾配はほんの時折緩むこともあるが、基本的には急勾配が続く。ところどころすれ違いが難しいような狭い区間もあり、車が立ち往生する場面も見られた。
木々の中を進むが、突如として谷側の景色が開けるところがあって、思わず足を止めたくなる。なんという高度感。
ひたすらに続く激坂林道を登りきり、見覚えのある駐車場にたどり着いた。最終区間ではその駐車場に入りきらず、溢れかえる車の渋滞に引っかかった。私がこの神社の神聖さを学んで再訪したように、この4年間で玉置神社はパワースポットとして注目され、この紀伊半島の秘境にありながら多くの訪問客を集める観光地として名を上げていた。

このクライミングに際して私はミスを犯していた。クリートカバーを忘れていたのだ。「神様に呼ばれないとたどり着けない」玉置神社は駐車場から少し山道を歩く必要がある。クリート剥き出しではちょっと厳しい。それは前回訪問時に駐車場の鳥居から伸びる登山道を確認済みであったことからも確実だった。
普段携帯しているクリートカバーを忘れるとは。神様に呼ばれていないようだと、自分のミスを運命のせいにして、自身を納得させようとしていた。
駐車場は決して大きくないが、紀伊半島の幾重にも重なる山並みが見渡せる。山、山、そしてまた山。ここがどれだけ深い場所かよくわかる。

鳥居の前には、小さな食堂と土産物屋が一軒ずつある。私は玉置神社の参拝を半ば諦めて、山道の入り口で、自転車と一緒にその鳥居を写真に収めていた。
「これからお参りですか?」
お土産屋さんが声をかけてくれた。私はロードシューズではこの山道は歩けそうにないと話した。彼は世界を旅し、この地に魅せられて移り住んだ芸術家だという。奥さんはライターとして活動し、書籍も出版しているとのこと。二人の旅の話や、このあたりの見どころを興味深く聞かせてもらった。
自転車旅を生活の軸としている私は、お土産を買いだすときりがないから、普段は購入することはない。しかし今回、私は那智黒石で作られたお守りを手に取った。彼が自ら磨き上げたものだという。

お店を後にして、私は山道を歩いていた。
「これなら参拝できるでしょう」
お土産屋さんが、サンダルを貸してくれたのである。ロードシューズからそのサンダルに履き替えて、私は玉置神社にお参りすることができた。
再び駐車場に戻ってきて、食堂で名物の椎茸そばを食べながら、今日起こったことを振り返る。
「神様に呼ばれないとたどり着けない」
どうやら国常立尊は、私を快く受け入れてくれたようである。

参考文献

コメント