プロフィール
- 静岡県小山町 県道147号線 神奈川県山北町 県道730号線 山中湖小山線
- 標高:1,166 m
- 登坂距離:6.7 km
- 標高差:700 m
- 平均勾配:10.4%
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2021年7月24日。
4年に一度のスポーツの祭典で記録された、明神三国峠のKOM。
STRAVAのリーダーボードに刻まれたそのタイムを見ながら、私はぼんやりと想像することがある。いつか日本人選手が、この記録を更新する日が来るのだろうか。
だが、そのイメージはいつも途中で霧散してしまう。あまりにも現実離れした数字だからである。
世界を襲った未曾有の災禍、コロナウイルスによって1年延期された東京オリンピック2020。その男子ロードレース最大の勝負所となったのが、駿河・相模・甲斐の三国境に位置する「三国山」の直下を通る「明神三国峠」であった。
この峠を駆け上がったメンバーは、今振り返っても異様なほど豪華である。世界のロードレース界を支配するタデイ・ポガチャル。万能の怪物ワウト・ファン・アールト。金メダルを獲得したリチャード・カラパス。そして、この大会で明神三国峠のKOMを記録し、UAEチームエミレーツの一員としてポガチャルを支え続けるブランドン・マクナルティ。
世界最高峰の選手たちが、日本の山岳で本気の勝負を繰り広げている。その光景自体が、どこか夢のようだった。
牽制とアタックが繰り返され、人数を絞り込んだ精鋭集団が、真夏の激坂を駆け抜けていく。その熱狂の瞬間は、映像として残されるだけでは終わらなかった。

東京オリンピックでは、開催前から「レガシー」が盛んに語られていた。大会後に何を残すのか。後世へ何を伝えるのか。
当初、私は東京の都心部を駆け抜けるロードレースを想像していた。渋谷のスクランブル交差点。高層ビル群。巨大ビジョンに映し出されるプロトン。都市の短い坂を舞台に、世界のトップ選手が激しくアタックを打ち合う。そんな光景に期待を膨らませていた。
しかし実際のコースは、東京西部を抜け、神奈川、山梨、静岡へと向かうものだった。正直、「東京オリンピック」と言われて思い浮かべる景色とは大きく異なっていた。
結果的に、この山岳コースは「レガシー」という観点では、極めて大きな意味を持ったように思える。なぜなら、明神三国峠という日本有数の激坂に、STRAVAというデジタル空間を媒体として、世界最高峰の選手たちが本気で挑んだ「タイム」が刻まれたからである。
もし舞台が都心部の短い登りだったなら、交通量や信号によって、彼らのタイムに挑むこと自体が難しかっただろう。
しかしこの峠は違う。誰でも挑戦できる。誰でも世界との差を知ることができる。
ロードレースの本場ヨーロッパから遠く離れた日本に、「世界基準」の物差しが誕生したのである。
私はこの峠を何度登っただろうか。
富士スピードウェイからほど近い場所に入口があり、登坂開始直後から勾配は一気に跳ね上がる。だが、本当に恐ろしいのはそこから先だ。
前半ですら十分すぎる激坂なのに、中盤以降はさらに斜度が増していく。特に強烈な印象に残るのが、ドーナツ状の溝が刻まれたコンクリート区間。滑り止めのために掘られた、日本独特の路面である。

この区間の最大勾配は18%。東京オリンピックを記念して設置されたモニュメントにも、その数字が刻まれている。
オリンピックの映像だけを見ていると、世界のトップ選手たちは軽々と越えていったように思えるかもしれない。しかし実際に走ればわかる。まるで壁のような急勾配が続く。純粋な「斜度」によって脚を削り取られるタイプの峠である。
そして、苦しみ抜いて峠を越え、向こう側へ下り始めた瞬間に、このコースがオリンピックに選ばれた理由を、誰もが理解することになる。
富士山。
巨大な裾野を広げた日本最高峰が、突如としてその姿を現す。日本という国を象徴する存在を、どうしても世界へ見せたかったのだ。
峠一帯はススキ原に覆われているため視界の抜けが素晴らしく、足元には山中湖が静かに横たわる。これほどまでに美しい富士山を望める峠は、日本全国を見渡してもそう多くはない。

全力でこの峠に挑んだ私は、KOMであるブランドン・マクナルティのタイムから何分も遅れてゴールへ辿り着いた。
世界との差。
若い頃、私はヨーロッパでプロ選手になることに憧れ、フランスへ渡ったことがあった。だが、その挑戦は何ひとつ結果を残せなかった。
東京オリンピックで走る選手よりずっとレベルの低いアマチュアのレースでさえ、毎日のように味わった、圧倒的な力の差。才能、フィジカル、回復力、レース勘。何もかもが違った。
そして今、その「世界との差」を、日本にいながら体感できる。
STRAVAを開けば、ポガチャルやファン・アールト、カラパスと、自分のタイムを並べて比較することができる。オリンピックの映像の中にいた存在が、急に現実味を帯びる。
記念モニュメントも素晴らしい。だが、最も重要なのは、この峠に刻まれたタイムである

もし今後、日本人の若い選手がこのKOMを更新する日が来たなら。もし彼らのタイムに迫る高校生や大学生が現れたなら。その時、日本人選手がツール・ド・フランスの山岳ステージで活躍する未来は、一気に現実味を帯びるのかもしれない。
富士山を望むこの厳しいヒルクライムに残された記録は、日本のロードレース界が世界へ挑むための「基準」であり、東京オリンピックが残した、最も価値あるレガシーなのである。

参考文献・参考動画

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