プロフィール
- 群馬県高崎市 県道211号線 県道33号線
- 標高:1,118 m
- 登坂距離:14.6 km
- 標高差:904 m
- 平均勾配:6.2%
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残り4 km。
思い描いていたレース展開とは程遠い。視界から消えていく先頭集団。優勝を争うまではいかないにしても、良いところで戦えるのではないかと思っていた。
それでも、ペダルを踏まなければ終わらない。
雑念も薄らいでいく。緩むことのない急勾配が、余計な思考を剥ぎ取っていく。フィニッシュが近づくにつれて、考えはシンプルになる。
ただ、前へ進む。
2026年5月10日。榛名山ヒルクライム。レースは終盤を迎えていた。

群馬県高崎市、渋川市、東吾妻町にまたがる榛名山。
約50万年に及ぶ火山活動によって形づくられた山は、平地からでも一目でわかる独特の山容を持つ。
そして榛名山は、古くから人々の祈りとともにあった。
山そのものを神宿る存在として崇め、利根川水系を支える水源として、雨を願い、火を鎮め、豊かな実りを祈る。榛名神社を中心とした信仰はやがて山岳修験と結びつき、榛名山は厳しい修行の場となっていった。
しかし、江戸時代に入ると、この山に大きな変化が訪れる。
雨乞い信仰を背景に「榛名講」が関東一円へ広がり、それまで修験者たちのものだった聖地は、庶民がこぞって目指す参詣地へと変わっていった。
村々から代表者が榛名山を訪れ、祈りを捧げる。険しい山を越えて神社を目指すことそのものが、信仰の一部だったのである。

伊香保温泉を中心とした観光が主流となった現在、榛名神社を訪れるルートは「伊香保からヤセオネ峠を越えて榛名湖へ至り、天神峠を下って榛名神社へ向かう」という形が一般的となった。
しかし古来、修験の表参道として人々が行き交ったのは「室田道」である。この道は高崎市の下室田を発ち、榛名神社へと至る。榛名神社から先は一転して神聖な「行場」となり、険しい天神峠を越えて、奥の院として崇められた榛名湖へ下り、湖水で身を清めた。天神峠をはじめとする外輪山の峰々や稜線は、修験において極めて重要な鍛錬の場だったのである。
つまり、伊香保温泉の興盛を境界線として、榛名神社へのアプローチのベクトルは180度正反対になったのだ。
そして今、榛名山ヒルクライム(ハルヒル)のコースは、古来の修験道「室田道」の経路と見事に重なり合っている。長い時を超えて、再び多くのサイクリストが自らの脚でこの坂に挑み、榛名の峰を目指して己と向き合う「現代の修行」に打ち込んでいるのである。

ハルヒルのコースは、室田の交差点からスタートする。
沿道からたくさんの声援を浴びながら、榛名山の外輪山の縁にあたる天神峠を目指す。前半は緩斜面が続く。レースともなればドラフティングが絶大な効果を発揮し、集団はハイスピードで駆け抜けていく。
やがて一之鳥居が見えてくる頃には民家が姿を消し、少しずつ山の中へ引き込まれていく。距離が進むにつれて勾配は増し、森は深くなる。県道33号へ合流する頃には下界の喧騒から完全に離れ、聞こえるのは選手たちの荒い息遣いと、集団が切り裂く風の音だけだ。

本格的な登りが始まると、いよいよ振るい落としが始まる。速度が落ちるにつれてドラフティング効果は薄れ、純粋な出力の差が露わになっていく。
そしてラスト4km。目の前に榛名神社の大鳥居が現れる。ここからが本当の勝負だ。
しかし、私の脚はすでに限界を迎えていた。

レース前日、ハルヒル歴代王者の加藤大貴くんから、こんなアドバイスをもらっていた。
「神社以降は、ただの10分走だと思えばいい」
優勝争いという極限状態にありながら、彼がたどり着いた結論は、相手をどう叩くかではなく、自分の力を100%出し切ることに集中するという、極めてシンプルなものだった。
実際、神社を過ぎて天神峠の壁に挑んだ私は、集団から遅れて単独走を強いられた。悔しさも、敗北感もあった。だが、目の前に立ちはだかる激坂の前では、それすらあっという間に吹き飛んでいった。
ただペダルを踏み込む。自分を前へ進める。それだけに全神経が削ぎ落とされていく。
かつてこの道を歩き、険しい峰々に挑みながら自身を鍛えた修験者たちもまた、同じような境地に達していたのではないだろうか。
現代のロードレーサーが天神峠で繰り広げる「10分走」。それは時代を超えて再現された、究極の「現代の行」なのかもしれない。
順位もわからない。一人で天神峠のフィニッシュラインを切った。そのままカルデラの中へ、榛名湖へと向かって下っていく。晴れ渡る空の下、静かに佇む湖。その向こうには、整った円錐形の榛名富士が横たわっている。

期待していた結果とは、程遠かった。それでも、心は不思議と晴れやかだった。
かつて江戸からの近さも手伝い、爆発的な興盛を極めた榛名参拝。その熱気は今、榛名山ヒルクライムへと確かに受け継がれている。
首都圏からのアクセスの良さ。沿道の温かい歓声。そして、自らの脚で自分と向き合う激坂の試練。
形は変わっても、山を目指す人々の姿は変わらない。修験者が歩き、榛名講の人々が祈った室田道を、今はサイクリストが駆け上がる。その根底には、かつて修験者たちを惹きつけてやまなかった「過酷な行の果てにだけ出会える景色」が、今も変わらず息づいているに違いない。

参考文献


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