プロフィール
- 長野県中川村 村道北山方飯沼線 – 村道谷田黒牛線 – 広域基幹林道陣馬形線 – 林道黒牛折草峠線
- 標高:1,437 m
- 登坂距離:9.7 km
- 標高差:875 m
- 平均勾配:9%
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日陰がない。梅雨明け直後の眩しい日差しが、容赦なく照りつける。止まるような速度で、急斜面にへばりつく。
本当に進んでいるのか。そう疑いたくなるほど、一歩一歩が途方もない。まだ登坂の前半だというのに、全身から汗が噴き出し、限界を告げるアラートが鳴り響いていた。
陣馬形山。標高1,445 m。
この急坂の先には、一体どんな光景が待っているのだろうか。

長野県南部に広がる伊那谷。西に中央アルプス、東に南アルプスという二つの山脈に挟まれ、谷底を天竜川が流れる。河岸段丘が連なる美しい里山の風景。そこに中川村がある。
そして中川村の東側にそびえるのが、陣馬形山である。
この山は、古くから眺望の良さで知られてきた。戦国時代には、武田信玄が情報伝達に用いた狼煙台が設けられていたと伝えられる。伊那谷を見渡し、遠くの山々まで望むことのできる山頂は、周囲の動きを捉え、狼煙をつないで情報を伝えるうえで、重要な場所だったのだろう。
当時、狼煙は遠く離れた拠点同士を結ぶ重要な情報伝達手段だった。山から山へと煙をつなぎ、戦況をいち早く知らせる。陣馬形山の優れた眺望は、戦国の世を生きる武将たちにとって、大きな価値を持っていたに違いない。
それから数百年。かつて情報を伝えるために利用された山頂は、今では「信州ふるさと公園」として整備され、キャンプ場から360度の大パノラマを楽しめる場所となった。そしてサイクリストにとっては、アルプスの絶景を目指して挑む、過酷なヒルクライムスポットとして知られている。
時代とともに役割は変わっても、この山の眺望が人々を惹きつけることに変わりはない。

ヒルクライムは中川村役場付近からスタートする。しばらくは幅の広い二車線道路が続き、勾配も比較的穏やかだ。平均勾配約9%という登坂プロフィールを考えれば、序盤の走りやすさはむしろ不気味ですらある。ここで脚を使いすぎるわけにはいかない。
やがて道を右へと逸れ、細い林道へ。山頂のキャンプ場を示す案内に従って進むと、民家や畑の合間を縫うように、直線的な登りが始まる。道幅は次第に狭まり、路面も荒れ、やがて舗装はコンクリートへと変わる。斜度は15%前後に達し、壁のような急坂が延々と続く。
起点から5 kmほど進むと、いったん勾配が緩む。しかし、ほっとできるのも束の間だ。再び現れる急坂は10%を超え、ペダルを踏む力を緩めれば、そのまま後ろへ下がってしまいそうな感覚に襲われる。休む隙などどこにもない。
残り1 kmを切ると、ようやく勾配が落ち着いてくる。別ルートとの合流を経て、一瞬の下りを挟めば、山頂のキャンプ場はもうすぐそこだ。
急勾配を攻略するべく、目の前の路面と、次のひと踏みに集中してきた。陣馬形山の絶景は、そうして苦しみ抜いた先に待っている。

私が陣馬形山を登ったのは、2023年7月29日。
フランスで選手活動をしていた頃の先輩が、伊那谷の道の駅で働いていた。そのご縁で、旬の桃を存分にご馳走になった。せっかくこの地まで来たのだから、梅雨明け直後の青空の下、アルプスの絶景を見ておきたい。そんな気持ちになり、ペダルを踏み始めた。
しかし、真夏の登坂は想像を絶する過酷さだった。
日陰のない直登区間。照りつける日差しと気温が、容赦なく体力を奪っていく。デバイスの気温計は40度近くを示し、身体はあっという間にオーバーヒートした。低速で坂にへばりつきながら、頭の中では「もうやめろ」とペダリングを拒む声が聞こえていた。
それでも、前へ進む。止まりそうな速度で、果てしなく続く激坂をよろよろと越えていく。そして、ようやく山頂へ。
目の前に飛び込んできたのは中央アルプスの大パノラマだった。
朦朧としていた意識が、一瞬で覚める。幾重にも連なる山々が、青空の下に雄大な姿を現している。振り返れば、反対側には南アルプス。二つのアルプスを同時に望む、伊那谷ならではの絶景だ。
標高1,445 mの山頂を吹き抜ける風はいくらか涼を纏う。つい先ほどまで暑さに喘いでいたことも忘れ、私はただ、その景色に見入っていた。
この日は、私の誕生日だった。
自らの脚でペダルを回し、汗を流し、苦しみ抜いた末にたどり着いた場所。そこに広がる景色は、歳をとるほどに何気なく過ぎていく誕生日という一日を、少し特別なものに変えてくれた。
真夏の激坂を乗り越えた者だけが味わえる、これ以上ない誕生日プレゼントだった。

伊那谷を見渡し、二つのアルプスを目の前に望む陣馬形山。
武田信玄が狼煙台を設けたと伝えられるこの山の眺望は、戦のための情報伝達から、現代の観光やキャンプ、そして自転車で登る楽しみへと、時代とともに役割を変えながら受け継がれてきた。
山頂へ至る激坂は、決して容易な道のりではない。それでも、苦しんだ先に広がる景色には、急登を制覇したサイクリストだけに味わうことの許された感動がある。
視界にいっぱいに広がるアルプスを眺めていると、この素晴らしい場所と、そこへ自らの脚でたどり着く喜びを、未来へとつないでいきたい。キャンプや登山、この山を楽しむ全ての人たちとみんなで守っていきたい。そんな思いが、自然と込み上げてくるのである。

参考文献

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